朝が来ました。
去る15日に父が他界しました。
昨日、葬儀、終わりました。
家族葬にしました。
なのでお知らせなどあまり差し上げず失礼しております。
誠に申し訳なく思っておりますがご容赦ください。
それでも多くの方にご来場頂き、また多くの電報なども頂いて感謝に堪えません。
色々と予定していた活動もそのような事情で欠席、中止させて頂きました。
ご迷惑をお掛けしたり、ご期待に添えず申し訳なく思っております。
父は教職をしておりました。
龍三、は、この春にその学びの日々に終止符を打ち、龍となって天に昇りました。龍海院様より戒名を春学昇龍居士と授かり、これからも家族を仏となって見守ってくれると思います。
父が与えてくれたピアノ。
その父をピアノで送りたい。
そう思い、通夜の前に思うがまま鍵盤を叩いてみました。
音で想いを伝えることができたかな、と思っています。
僕にはこんな親父、でした。
龍三の名を受け継ぎ、しっかりと育ってほしいと思い、月、サンズイ、をそれぞれ子供達に名付けてございます。父のように心の大きな人間になって欲しいと思っています。
しばらくはまだバタバタとしますがこちらもご容赦ください。
仕事の復帰は明日、私事の復帰は3/21のライヴとなります。
今後とも宜しくお願いいたします。
2015年3月15日に、TOTOのマイク・ポーカロが亡くなった。
Mike Porcaro 本名:Michael Joseph Porcaro、1955年5月29日 – 2015年3月15日
その翌年、TOTOは2016年3月15日に名古屋でコンサートを予定していた。
私はそのLIVEを見に行く予定にしていた。
その日の早朝、父が亡くなった。
I planned to come to TOTO’s live concert which was
scheduled to be held in Nagoya on March 15, 2016.
That morning my father died. Of course I could not
go to the concert. However, I am very glad that
music companion gave TOTO goods.
That is the picture.
もちろんコンサートに行くことが出来なくなりました。
VIPチケットを手元に持っていたので、キャンセルの手続きを。英語と格闘しながら。
いろいろとあって、一日が終わるころ、とても嬉しいことに、
音楽仲間たちがTOTOのグッズを会場で手に入れ、プレゼントしてくれました。
■ YOUTUBEより
2016-003 父へ / For Father , Dear My Daddy
2016/03/15 07:08
桜の季節に父がなくなりました。
このピアノ曲ををかけながら、
親父と二人で通夜の後を。
亡くなった当日15日は父を病院から自宅に母と連れて帰りました。
16日の朝、出掛ける前に弾いた父への弔いです。
音符は父がくれた、と思います。
ただ何も考えずに鍵盤に向かって。
ただただ鍵盤を。
だから後から聴いても他人が弾いてるみたい。
もう一度弾く、のは無理だと思います。
遡る14日の夜、つまり父がそのまま永眠する就寝。
その頃に、次に子供達を連れて会いに行ける日をいつにしようかな、と、呑気に父の事を思いながらギターを弾いていました。
母から父の調子が日中良かったことを聞いて、あまり眠れない父がゆっくりと眠れるといいな、と、おやすみのつもりで弾いていたギター。
https://youtu.be/t981nqTb3Kk
https://www.facebook.com/jun.nakaguchi/videos/10208945804625203/
そのままFacebookに投稿したんですが、まさかそのまま逝くとは。
だからそのモチーフをピアノに置き換えて少しだけ使っています。
ピアノを与えてくれたのは父。
その父をピアノで送りたい。
ピアノを贈りたい。
葬儀の式場に我が儘を言って通夜・葬儀に会場でかけてもらいました。
静かに時間が流れていく。そんな気分です。
父と自分のために弾いたものですが、良かったらぜひ聴いてやってください。
父も喜ぶと思いますし、何よりこれからは思い出の中で生きていって欲しい。
人間は不思議ですね。 肉体も精神も滅んでも生き続けることができる。
2016-003 父へ / For Father , Dear My Daddy
2016/03/15 07:08
桜の季節に父がなくなりました。このピアノ曲ををかけながら、
親父と二人で通夜の後を。亡くなった当日15日は父を病院から自宅に母と連れて帰りました。
16日の朝、出掛ける前に弾いた父への弔いです。
音符は父がくれた、と思います。ただ何も考えずに鍵盤に向かって。
ただただ鍵盤を。
だから後から聴いても他人が弾いてるみたい。
もう一度弾く、のは無理だと思います。遡る14日の夜、つまり父がそのまま永眠する就寝。
その頃に、次に子供達を連れて会いに行ける日をいつにしようかな、と、呑気に父の事を思いながらギターを弾いていました。
母から父の調子が日中良かったことを聞いて、あまり眠れない父がゆっくりと眠れるといいな、と、おやすみのつもりで弾いていたギター。
そのままFacebookに投稿したんですが、まさかそのまま逝くとは。だからそのモチーフをピアノに置き換えて少しだけ使っています。
ピアノを与えてくれたのは父。
その父をピアノで送りたい。
ピアノを贈りたい。葬儀の式場に我が儘を言って通夜・葬儀に会場でかけてもらいました。
静かに時間が流れていく。そんな気分です。
前夜のギターも思い出です。
おやすみ
2016-03-14
生きてる父宛には最後の演奏。
追悼|別に上手く弾けてるわけじゃないけど子供の頃、ふざけてよく 「ぐぅっっっないっっ」って言ってた親父。
13日に母と話して、14日に昔親父に買ったCDプレーヤーと石原裕次郎のCDを母が病院に持っていった。
調子がいい、って言われて、父が普段寝つきが悪いからさっと眠れるといいなぁ、なんて思って弾いたギター。
きっかけは岩井勝氏がFBに投稿していたガットギター。
同じメーカーのものだったからギターケース出してきて。
そのまま父の事を考えながら弾いてた。次のお見舞いは子供たちを連れて行こう、とか。
いつ行けるかな、とか。
そうやって、いつもの様にスマホで撮影して。
FBにアップしたんだけどね。
まさか生きてる父宛には最後の演奏になるとは思わなかった。
母はもっと早く持って行ってあげればよかったなんて言っているけど、生きてる父に、石原裕次郎のCDを聴かせてあげられて、間に合ってよかったって思っていて。ドラマのように逝った父のCDプレイヤー最後にかかっていた曲は、「我が人生に悔いなし」。
「わが人生に悔いなし」は、作詞:なかにし礼、作曲:加藤登紀子。
歌:石原裕次郎鏡に映る わが顔に
グラスをあげて 乾杯を
たった一つの 星をたよりに
はるばる遠くへ 来たもんだ
長かろうと 短かろうと
わが人生に悔いはないこの世に歌が あればこそ
こらえた涙 いくたびか
親にもらった 体一つで
戦い続けた 気持よさ
右だろうと 左だろうと
わが人生に 悔いはない桜の花の 下で見る
夢にも似てる 人生さ
純で行こうぜ 愛で行こうぜ
生きてるかぎりは 青春だ
夢だろうと 現実だろうと
わが人生に 悔いはない
わが人生に 悔いはないさすが、だね。とうさん。
3/14にものすごく身体の調子が良くて、
結局、3/15に逝って。
3/16の朝にひいたピアノ。このギターのモチーフをレクイエムでピアノで少し取り入れて弾きました。
簡単なコード進行だけ、なんだよね。
おやすみなさい、のつもりだったから。音楽が大好きで、ものすごくでかいステレオを買って。
いつもクラシックを兄と俺に聴かせてくれた。
自分で歌うのは裕次郎の曲が大好きだった。アニキはスポーツ、俺は音楽。そんな担当分けになってるね。今は。
本人が悔いがない、って。
確かにちゃんと人生を終えたね。おやすみ。
そして行ってらっしゃい!彼岸こそ 渡るに易し 明日の空





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